2009年11月 8日 (日)

ようやくジジといってもらいました

Imgp5195sハロウィーンの仮装に、これが気に入ったと孫娘のパディントンの人形にあわせ、親達が一生懸命仮装を作って、日本から黄色い長靴も持っていった。近くの商店街で行われたコンテストではなかなかの人気。でも後から主催者から何の連絡も無いからひょっとして落選??

孫娘にあったのは正月のことだからもう10ヶ月も会ってないので、憶えてないし、母親の後ろに隠れていたが、孫娘が大好きな次男のパパだと言ったら、次男の名前を呼びながら出てきたので、得意の絵本読みをずーっとやっていた。二人の息子はNYで幼稚園から小6まで居たので、日本語の力を伸ばすために絵本、童話、子供向け読み物を親が交代で読み聞かせしたので、孫娘に絵本の読み聞かせなんてお茶の子さいさい。絵本のページをめくりながら、孫娘の興味のありそうな話に、本の筋から離れたり戻ったり、何度も繰り返したり、結局その日の内にジジと呼ばれるようになりました。

Imgp5170s 下の孫娘はまだ5ヶ月なので、ちょっと名前を覚えてもらうには早すぎて、一緒に青空市場で写真をとってもらうのがせいぜい。

ここは、プロスペクト公園の入り口にニューヨーク市の北部の村から農家が野菜や肉、たまご、パン、果実などを毎日曜日に出店を出している。りんごも新鮮で美味しい。上の孫娘もりんごが大好き、可愛い巻き舌でAppleと発音している。巻き舌といえば、絵本を読んでいると、これなあにと熊をさすとバンビと応える、えっ、熊だよって言ってたら、息子が厳しい顔で、Brown Bearって言ってるのっと言う。おお、そうか、BRNBの子音の発音はもうアメリカ人並みだから、それが英語生活からだいぶ離れて耳がナマッてしまった僕にはBanbiって聞こえたんだ。いやぁ、歳をぐっと感じてしまった。

Imgp5199s_2 でも、NYマラソンのほうは自己ベスト、60-64歳の年齢別では1,200人のうちで44番だったからまぁ速いほう。戴いてきた金メダルを孫娘に掛けてご機嫌を伺ったが、とくに感激もしておらず。熊の人形の方がやっぱり良かったかな?

Imgp5199s

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2009年7月21日 (火)

息子の教育姿勢

Ka_2

次男と一年ぶりに会い、彼が教師を勤めているヨルダンのKing's Academyでの教育の姿勢について教えてもらった。
 
一学年が260人ぐらいで、ほとんどがアラブ諸国からの子弟を預かり、彼らにMulti Cultural Educationを施そうというもの。アラブと言っても決して同質一様ではなく、国や地域、種族や家庭環境が異なればモノの見方や考え方も随分異なってくるらしい。これは狭い日本でも東京と大阪、九州なんかで違いがあるのと同じかな?
 
ヨルダン出身の子弟がもっとも多いのは当然だが、今現在のヨルダンの人口約6百万人の7割は、パレスチナ、イラク等からの避難民(60年前のイスラエルのパレスチナ占領から最近のイラク戦争まで)だとも言う。これじゃあ、もともとのヨルダン国民の方がずっと少なく持ち出しがたいへんと心配してしまうが、いわゆる難民キャンプはヨルダンの国からではなく、国連の援助で運営されているし、彼らのヨルダンへの税金や海外の援助でヨルダン国の経済には貢献していることになる。
 
子供たちはアラブのことを除けば西洋文化にどっぷりとつかっている。ヨーロッパのサッカーのことやアメリカのヒップホップには詳しいが、反面、それ以外の世界をほとんど知らない。イスラム教とキリスト教という宗教文化があることを知っていても大きな世界観を持つことはできないのではと息子は懸念している。
 
意図的に異文化を混ぜ合わせるのではなく、異文化の中で、その違いを認めつつ、隣り合って生きていくという、学校の教育活動全体の中で、息子は自分の受け持つダンス教育を通して、きちんとした目標を定めること、目標の達成のために、今何ができて、次に何がやりたいか自分で考え自分で学ぶ姿勢を育てること等を考え実施しているようだ。
 
こういう考えは、米国のプレップスクールの中でも規模が大きくなく生徒に眼が行き届きMulti Cultureを重んじる学校では珍しいことではないが、今のアラブの学校教育の中ではかなりユニークな試みだと思う。
 
こどもたちも、育ちは良いのだろうが、良家の子弟が故に(??)、けっこうスポイルされた子もいて、ハッキリ言ってきちんとした共同生活の躾が出来ていない子も見かけるようだ。今まで息子は、新入生教育が大切と、一年生の寮の舎監のようなことをしていたが、2-4年生の寮の舎監をまかされるようだ。ちょうど国王の長男(つまり世継の王子)も2年生になることだし。
 
なんやかや聞いて、教育の考え方はしっかりしているようで安心した。もっとも、彼の寮の部屋は、DeerfieldやHarvardに居た時のように、多忙を理由にお掃除もされておらず散らかっているのであまり良い手本にはならないようだ。もっとも彼ばかりでなく、長男の学生時代もそうだったし、今の僕もそれに近いから、あまり強いことも言えないが。
 
息子自身も、話す内容はしっかりしているようだが、文章に書くと若さが見えることもある。自分の理想に中身も近づけるような研鑽を望みたい。

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2009年7月20日 (月)

横浜の休日

Dscf1579s_2ヨルダンのKings Academyの教師をしている次男が休暇で東京に戻っているので、一緒に横浜スタジアムで中日ー横浜の試合を見ようと出かけた。ちょうど横浜開港150年祭でにぎわっていたので、赤レンガなどを試合前にゆっくり見物。帆船の前で記念写真。

Dscf1582s 試合前に横浜の友人に何処が見やすいか聞いておいたので、良い席が取れた。どう、Fenway ParkやYankee Stadiumと比べたらどうかと息子に聞いたら、やっぱりメジャーリーグが良いという。僕も一度行ってみたいが、とりあえず、横浜スタジアムで中日の勝利を祝う。

4番のブランコがすっごくでかい場外ホームランを打ったが、もう打球の速さがぜんぜん違う。TVで見ててもひいきチームが勝てば楽しいが、やっぱり球場で実際に試合を見るのは面白さがぜんぜん違うね。

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2009年5月28日 (木)

生まれました、女の子

朝一で長男から電話あり、女の子が生まれたという。良かったぁhappy01  最初も女の子だから娘二人だ。僕の家は息子二人、向こうの家は娘三人。どうも偏る家系らしい。でも、無事で生まれて良かった良かった。女の子二人で公園を歩けば可愛いし。ぼくのじいちゃん度もレベルGtwoになりました。

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2009年1月12日 (月)

女と男の違い

NHKスペシャル女と男を見て、自分の至らぬところを今になって分かるような気がする。

1)人間は生物の中でも珍しい(3%だけ)女性と男性が共同して子育てをする種
2)直立歩行をする種として骨盤の形態が変わり四脚歩行の種に比べ未成熟なこどもを産み、長い子育て期間を持たざるを得なくなった
3)役割が分かれ女は子育て、男は狩の役割を果たすようになった
4)危機に直面すると男の方が、血圧も上がり脈拍も速くなり易い、かつ落ちるのも遅い。狩で危ない目に何時あうか分からず、俊敏な反応をするためだ。女は子育てのために落ち着いた気持ちでいることが多い。つまり実は女の方が危機対応に能力が高い? 男は危機対応のストレスに長いこと耐えられない? 5)女は子育てや採集などの共同作業の社会活動の中で女同士で話し合う機会が多く、コミュニケーション能力にも優れている。そういう活動を通じ、顔や身振りから相手の気持ちをうかがう能力も女の方が男よりずっと優れている。

 

とまあ、こんなわけだが、亡くなった家内と話していると言い負かされ、あんたは女性の気持ちが分からないと言われることが多く、議論で突き詰めるのもイヤ(ストレスに耐えられない)なのでつい話をそらしたり途中で打ち切ってしまったり(新聞を持って自分の部屋に駆け込む)が多かったように思う。僕だけじゃなかった、男はそういう風に出来ているのだ。ところが女は話を聞いてもらえないとますます不満になる。一方で、男は社会で問題解決に日夜呻吟してきた自信があるのでどうして話が通じないのか信じられないままで居る。

子育てを中心として出来た生物としての女と男の違い。だが現代は子育て期間が終わったあとで、長い長いライフパートナーとしての期間が長くなっている。どうしたら良いのかな? まずお互いが違うように出来ていることをよく自覚し、男がまず相手に歩み寄り良く聞くことを番組は示唆していた。もう少し早く教えてくれれば良かったのに。

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2008年12月26日 (金)

国王がパイロット

早朝5時半、うなる風の音が強いが、ちょっと暖かめに着替えて走ろうと窓の外を見ると雪が積もっている。気付かぬうちに夜半雪が積もったようだ。昨日は遠い山並みがうっすらとオレンジに照らされる中を走り爽快だったが、今朝は無理して滑って転んでもつまらないので走るのはあきらめ部屋を片付けることにした。

するとNYの上の息子から電話が掛かってきた。走って部屋を空けていなくて良かった。ヨルダンのKings Academyで教師をしている下の息子が遊びに来たが電話で話すかとのこと。元気か、良かったと短い通話が続いて、王様の息子は寄宿舎の隣の部屋 に居るという。彼や取り巻きの学業や日日の面倒を息子が見ているようだ。

おととし入学した第一期生が約80人、今年入学の第二期生が約120人、最終的には4学年で600人ぐらいの規模になるという。第一期生は再来年大学受験だが、もう進学用の特別授業カリキュラム作成を息子が中心になって進めているようだ。夏にはいろんな大学から入学担当が訪れて来るという。Helicoptor

ヨルダンの王様はお忙しいのか、仰々しいのがお嫌なのか公式的にはKings Academyは訪問されないらしい。お忍びで一度こられたとは言うが。王子様の学業の報告は学長や息子がヘリコプターで王宮まで行ってしたのだそうだ。

その時、成績の良い25人の生徒もヘリコプターに国王自らがパイロットで、軍の飛行場を飛び立ちアンマン上空の案内をしていただいたそうだ。Pilot 頭しか見えないけどこれが国王だそうです。

Tank それから戦車にも乗せていただいたそうです。これも国王が運転されたらしい(また中に居られるので見えない)。

Ryuji_bellet 息子も兵隊さんのベレーをちょっと借りて生徒達とポーズ。生徒達とあまり年が違わないように見える。僕の眼からはついこの間まで高校(Deerfield Academy)の仲間と騒いでいたときとそんなに違って見えないのだが。

なおこの写真はグーグルのPicasaで息子とファイルシェアして取り出したもの。便利になったね。

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2008年9月28日 (日)

もっとじっちゃま

NYの長男から久しぶりに電話。しかも向こうの朝6時。何って聞いたら、いや何でもないんだけど、と一息置いてから、実は二番目が来年5月に産まれるんだけど、って言う。おう、そうか、おめでとう、と男同士だから簡単に電話は終わったが。

最初の娘が離乳も始まりだんだん可愛くなってくると外野も欲張りになってきて、おばあちゃんも二番目は何時か、僕に聞けという。そんなこと聞くと長男夫婦に余分なプレッシャーが掛かると困るので聞けないけど、NY訪問したときに遠まわしに聞いてみましょうと応えたのがお盆前。お盆休みで長男宅訪問した時に次男も来ていたので、兄弟の歳が近くていろいろ楽しかったねと水を向けた。お嫁さんの姉妹も歳が近いので条件は同じ。

長男の言うには、うん、そうだけど、まだ長女の子育てが忙しいので次は何時か分からないという。今になって考えると、夫婦で考えていたかも知れないけどお嫁さんに不要な外圧が掛からないように話をそらしたのかも知れない。いろいろ考えたのでしょう。じっちゃまは遠くから眺めていた方が良い。

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2008年8月20日 (水)

Kings Adademy 2

At_ny_science ヨルダンのKings Academyもこの9月で開校して2年目になる。夏休みを日本と米国で過ごした次男も8月末にはヨルダンに戻りKings Acadeyの教師+舎監+Academic Adviserの役割に戻る。写真のようなぞろっとした服を着ているとまだ学生のようにも見えるが、実際にヨルダンでは父兄にあなたは何年生かと聞かれたそうだ。

今年はアブドゥラー・フセイン国王の長男のフセイン王子が9年生(日本の中三)として入学される。息子も部屋が変えられてその王子の真向かいの部屋を割り当てられお世話係りになったようだ。

息子も生徒に人気だし、厳しいときには厳しく指導しているが、一つ弱点がある。生徒の指導やダンスの勉強に忙しいので部屋の掃除をする時間が無く、どうもけっこう足を踏み入れられない状態になっているようだ。おばあちゃんに話したところでは、家政婦さんの費用も安いし、時々来てもらって掃除してもらおうかなという。実は長男も次男も大学を卒業するときに僕ら夫婦が着替えとバケツ、ゴム手袋を持参し一生懸命部屋を掃除して寮を出てもらったのがつい昨日のようだ。同じことをまたやっているか? もっともそのお父さんの部屋も最近は書類や本が散らかってどうにも...。

アブドゥラー国王は王位に付かれてから国政の改革を行いGNPもかなり伸び、ヨルダン国民の識字率はアラブ一の90%という。Kings Academy設立もその改革の一環のようだ。次の王様を育てるという栄誉を担えるのも次男の一つの運だと思う。よい経験になって欲しい。

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永久に眠れ

3年前の6月、家内が亡くなる前に何かやって欲しいことは無いかと聞いた。私を焼いたら灰をカーメルに撒いて欲しいとの答えだった。

家内と僕、息子二人の家族は1982年から89年まで米国に滞在していCarmel_2 た。僕が仕事であちこち飛行機で飛んで、そのマイレッジでいろんなところに無料や割引の航空券で家族旅行に出かけた。西海岸、LAのディズニーランドを見て、LAからSFOまで海沿いの道を走ったのはもう何年前のことだろう。海辺の保養地Carmelは良く晴れて僕達は凧を買って浜辺で凧揚げをして遊んだ記憶がある。

その時の記憶が長く残っていたのか。長男がYale、次男がDeerfieldに居た時、家内は一人でSFOに出かけ、Carmelまで一人旅を楽しんできた事がある。何か強い想い出がそのとき残ったのだろう。そこで灰を撒いて欲しいという。

Carmel_view 盆休みを利用し、まずNYに出かけ初孫の顔も見て、長男次男と一緒にSFOから車でCarmelまで出かけた。何かのフェスティバルだったのか、フェラーリが210台、街の大通りをパレードするという。アメリカにも素晴らしい街は沢山あるが、Carmelは地中海の雰囲気で僕らはとても好きだった。この街がずっと見ていられるように、僕らはCarmelを見下ろせるPoint Lobos State Reserveという処に出かけた。海を見下ろす崖の上から家内の灰を撒き、お経を読んで冥福を祈った。好きだった街を見下ろして永久に眠って欲しい。

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2008年7月 8日 (火)

Kings Academy

Kings_academy_2 次男が10日ほど赴任地のヨルダンから里帰りしていたので、いろいろ話を聞くことが出来た。彼はヨルダン国王の肝いりで作られたKings Adademy, 米国式の寄宿学校、の教師をしている。昨年創立されたばかりで9年生(日本式に言うと中三)を受け入れたばかりだが、彼らが今度は10年生に進み、新たにまた9年生を受け入れる。昨年は創立したばかりということで玉石混合というか資質がばらついていたが、一年が過ぎ評判も良いのでだいぶ出来る生徒ばかり集まったようだ。

次男は9年生ばかり入る寮の舎監なので、彼らの公私の面倒と勉学でのアドヴァイザーも兼ねる。これまで米国式のキャンパスライフに慣れない生徒に学校の仕組みを肌で知ってもらうわけだ。彼に聞くと中東の生徒は本を読まない生徒が多い、だいたい本を読む習慣が無いという。日本では考えられないことだが。

ビデオも見せてもらったが、入学時英語がほとんど出来なかった生徒が、堂々とシェークスピアの劇のせりふを喋っている。立派なものだ。生徒の出身は裕福な家、貧乏な家、ヨルダン国内、アラブ諸国とさまざま。今度は王様の息子とその取り巻きも入ってくるそうだ。なかなか扱いが難しいと思うが。

彼の努力も貢献したか、テストの結果ではもうヨルダンで一番学力のある学校になっているという。この学校は米国プレップスクールのトップクラスのDeerfield Academyの支援を受け創立されたので、先生の多くがDeerfield出身、大学はHarvard、Yale等東部の一流校が多い。親達はKings Adademyに入れば簡単にそういう一流校に入れるかと期待して子供達を送り込んだのだろうが、基礎学力がプレップスクールに入る生徒達と大きく違うのでなかなか大変な仕事だ。息子の言うにはトップクラスでなくともいろんなレベルの米国の大学や、以前にも書いたが中東に新しく出来た米国の大学の分校には進学できるのではないかという。楽しみな仕事だ。

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2008年5月19日 (月)

赤ちゃんとご対面

Sayaka22_weeks_012 先週の日曜日、里帰りしているNYの長男の娘を拝みに東京まで出かけた。抱かせてもらったが、ざっと30年ぶりに赤ちゃん抱くのでこわごわ。良く笑っているように見えるが、僕のそばで応援隊が一生懸命ご機嫌取っているから、決して僕になついて笑っているのではありません。僕は無理な笑顔が引きつっています。

Sayaka22_weeks_046 親戚、友人達からいっぱい可愛い衣装を戴いているので、親達は着せ替え人形のようにあれこれ取り替え写真を撮って楽しんでいる。僕らもやったなぁ。伯母さま群団は、女の子の方がやっぱり可愛いと異口同音のようだ。

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2008年4月10日 (木)

Deerfield Academy

Deerfield_campus 08年1月9日のブログ、息子とヨルダンの王様にコメントが付いて、二人が卒業したDeerfield Academyについて教えて欲しいという。

次男がDeerfieldを受験したのは確か12年くらい前のことだと思う。長男が米国の大学に留学が決まり次男も留学したいというので、米国の著名なプレップスクールの幾つかを受験(書類審査と学校訪問+面接)し、Deerfieldに決まった。息子は慶応中等部から慶応高校に進んで頭は悪くないはずだが成績は普通だったと思う。入れたのはひとえに面接で得意なことは何ですかと聞かれて、さっと椅子の脚一本を持ち上げ頭の上でバランスを取るパフォーマンスをしたからだと思う。息子達は数学者のピーター・フランクルさんに付いて、東大生のお兄さんたちと一緒にジャグリングなどの大道芸を習っていたからだ。

Deerfield1 プレップスクールは寄宿舎制の学校で、Deerfieldは200年以上の歴史がある。日本で言えば中三から高三までの4学年で生徒数は600人、男女半々。歴史のあるプレップスクールはニューイングランドに多く所在し、ハーバード等有名大学に進学する生徒が多い。寮は男女に分かれていて、それぞれに教師が舎監として住み込んで、生徒のいろんな疑問や生活指導に対応している。Deerfield_dorm

進学校となっているのは、歴史があり卒業生からの寄付も多いこと、優秀な先生、生徒が集まることのためだろう。Deerfieldで言えば11%ぐらいの留学生を集め生徒の資質の多様化に努めている。息子の居たとき4学年で数名の日本人が居たが今はどうだろう。

Deerfield_dance 生徒が学ぶのは歴史、英語、数学、科学等の知識ばかりでなく、音楽、ダンス等の芸術、フットボール、ラクロス、水泳、水球、レスリング等のスポーツにも力を入れている。息子はレスリングと棒高跳びでニューイングランドでトップレベルになったが、何を思ったのか男子生徒でもダンスが出来ると教師の指導を受けながら自分で振り付けを工夫し独自のダンス開発に努め、好きが嵩じて今でもヨルダンのKings Adademyでダンス教師+寄宿舎の舎監を勤めている。

息子は慶応ではふつうの子だったが、Deerfieldに進学してぐっとしっかりして来て、生徒の間でもリーダーシップを持ち、卒業の時には「最も人気のある生徒」の賞を受けた。Harvardに進学できたのもそういう要素が高かったからかも。大学に進んでからでもNYで卒業生相手の寄付金集めの学校の催しが開かれたときは卒業生の一人として呼ばれていたから人気は確かに高かっただろう。

プレップスクールで学ぶ費用は学費+寮費だけで年4百万円弱くらい掛かり、米著名私立大学に進学するのと変わりない。素晴らしい学生生活をエンジョイできるのは確かで、費用を問題としなければぜひ勧めたい。実は長男の生まれたばかりの娘も14年後にこのDeerfieldに進学させ、僕もその入学式に出たいものだと考えている。

さて、Deerfieldに決めた理由だが、確かそのときプレップスクールランクのNo.3に入っていて、Exeter等よりこじんまりとしており、日本から初めて行く留学生の息子によりきめ細かい指導がしてもらえるのではないかと思ったことが主たる理由のように思う。また、息子が在籍したときは平均的なSATのスコアとか著名大学への進学率は3校の中でトップだったような覚えがある。いずれにせよ選ぶには親娘でそれぞれの学校を訪れ雰囲気を知りFacultyにいろいろ質問することです。サマースクールでも分かるかも知れないが、通常の校期とサマーは違うような気がします。息子達は中学の時からLoomis Summer Programに行っていたが、LoomisのサマーのFacultyはサマー専任でした。DAの面接受けたときは親子で一週間ぐらい掛けてボストン近郊のプレップスクールを何校か回りました。なお、ご質問される方はコメントにe-mailアドレスを入れられないと当方から返事できません。

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2008年3月18日 (火)

米国の税金

NYの息子から電話で、日本の預金の利子収入どのくらいだったか教えて欲しいと言う。自分の法律事務所の給与収入と合わせ、預金の利子収入も米国内のみならず海外収入も総合して申告しないといけないそうだ。彼の課税率は30数%で、利子収入もその税率で課税されると言う。日本の利子収入は20%で源泉徴収されているが、その30数%との差額を米国で課税申告せねばならない。預金が100万円ぐらいあるはずだからとりあえずインターネットで彼の口座を見ると、利子収入100円台、住民税国税合わせて所得税が20円台と、読み上げた途端に日米で同時に笑い出してしまった。あまりに小さな金額だから。こんなものわざわざ申告するに値しないので、当年はお流れ。まぁもう少しお金持ちになってから真剣に考えることにした。

ただ海外での収入も捕捉しようとするのはアメリカもなかなかしぶとい国だということが良く分かった。

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2008年3月 6日 (木)

一期一会

Photo 教育TVで木曜日の7:30pmからやっている「一期一会」は、7:00pmからやっている「明日をつかめ」と一緒に良く見ている。進路に自信が持てないイチゴくんが自信を持って自分の道を目指しているイチエさんの話を聞くというのが毎週のストーリー。そのときそのときで組み合わせが異なる。

若い人が自信を持って思う道に進むのは大変良いことだ。うちの息子達も進路は違うがそれぞれに自分の信じる道を進んでいるようだ。もう親としては何も出来ずただ見守るのみ。

この番組のイチゴくん、イチエさんのご両親達も息子、娘のことが心配であれこれ言っているようだが、二人とも好きなことをするのが楽しくて仕方が無いようだ。見守るのが一番だと思う。若いしまだやり直しは効く。

僕も家内が亡くなるまでは仕事に没頭し面白くて仕方が無かったが、今はそういう張り詰めた気持ちとは遠い処にある。僕もどこかでイチエさんとあって刺激を受け、新しいことにチャレンジして見たい気持ちはまだまだ十分にあるつもりだ。さあ明日は何が起こるだろう?

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2008年3月 1日 (土)

中東のインフレ

Anman1産油国の中東でも原油価格上昇による猛烈なインフレで国民生活に大きな影響を与えているようだ。まして息子の居るヨルダンは産油国では無いのでたいへん。そもそもイラクからの亡命者が流れ込んでいるので不動産や諸物価は上がり続けているのだが、2002年から比べると4倍増した原油価格の影響がもっとも大きく普通の暮らしをしていた人が自分は貧乏だと感じるようになってしまった。

インフレの影響をすこしでも和らげるようにとヨルダンの政府機関に働く人は月収が4万5千円以下の人は7千円の補助が出るようになった。だが政府機関に勤めるひとは少数で、一般の人には何の手当ても出ない。人々の暮らしはますます悪くなる一方。それにつれ政府や会社のトップの人々への汚職の疑いがますます広まっているようだ。Anman2

そもそも食物等生活必需物資のほとんどが輸入に頼っており、世界的な穀物価格の高騰も響いているようだ。「セメント、米、肉、砂糖、みんな輸入者が限られているので独占価格で高騰している」 例えば僅か数週間の内にじゃがいもは230%、卵は210%、きゅうりは280%の値上がりだそうだ。首都アンマンのモールでも人出がなく閑散としている。買い物に出かけても何も買えないからだそうだ。

幸い息子は学校の寮に入っているので、住居費も食費も学校持ち。あまりインフレの影響を受けないようだが、生徒や現地職員の家庭には大きな影響が出ていると思う。

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2008年2月18日 (月)

ヨルダンの名物料理

250pxmansaf1 これはヨルダンの名物料理マンサフ、ヨーグルト状のもので煮込んだ羊肉をライスの上にてんこ盛りしさらにジャミードというヨーグルト様のものを掛ける、結婚式や特別なとき、お客を呼んだ時のおもてなし料理だ。ヨルダン在住の息子が学校の関係者の家に呼ばれてごちそうになったという。これを右手だけを使って手でスシ状にまとめ口に運んで行くのだ。

お味は好き好きなようだ。日本のTVでもヨルダン出身のシェフが美味しいよと作っていたのを見たことがある。口に合うかどうかはさておいて、、わざわざ名物料理を作ってもらったというところに意味がある。世界の何処でも友達の輪を広げることがとても大切だ。

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東京マラソン

300px2008_tokyo_marathon_01_2

快晴に恵まれた2月17日、東京マラソンを完走できた。7月末の入院から12月末までドクターストップでまったく走られず、フラストレーションが大分溜まった。それから50日弱の練習期間、240kmぐらいの走りこみで練習不足なんだが何とか完走できた。時間は恥ずかしながらの5時間17分であきれるぐらいの遅さだが怪我無く走られたことに感謝しないと。途中東国原宮崎県知事が走っているのにすれ違った。彼も練習不足のなか4時間42分で走ったからたいしたもんだ。もっとも向こうは50歳とまだまだ若いが。

Photo 病後で走りに集中できない。便を溜めるストマ(人工肛門)袋の状態、尿漏れ対策の紙おむつなどに気を配りながら空いたトイレはどこかなと探しながらで、とてもキロ何分で走ろうというペース配分は出来なかった。それでも老若男女の応援がとてもすごく気持ちよく走れた。東国原知事は運営世界一と言っていたが、去年と比べると確かに大幅改善だ。ランナーばかりでなく応援の方々も十二分に楽しんでいるように見られたのはとてもよかった。応援の音楽がちょっと方に力が入りすぎたのが多かったようだが、気楽な演奏(ロンドンやベルリンのように)あればもっと楽しかったかも。

きっちり体を治して11月から始まる来シーズンのマラソンで復活に賭けたい。とりあえずの目標は年齢別100位に入ること。

ところでこの項を見た方から激励のコメントをいただきました。わざわざTVの画面で僕を探してくれた人もいるんだ。ありがとう。あんまりゆっくり走ったので映らなかったと思います。応援班の写真もまだアップされてきてないし。訂正:写ってるけどまるで歩いてるみたい(それが事実に近いかな?)

また別のコメントいただきました。どうも僕は団塊の世代の希望の星になっているようだ。うめぼしでなければ良いが。

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2008年2月13日 (水)

ヴァレンタイン・チョコレート・ケーキ

明日はヴァレンタイン・デイ、そして今日は結婚記念日。去年の5月の家内の誕生日にもケーキを焼いたが、結婚記念日にもやはりケーキを焼いて家内の霊前にお供えし会社に持ってゆく。9本焼くので13日一日では間に合わないので10日から焼き始めた。たまたま週末は大雪で出歩けなかったのでちょうど良かった。

何時もはフルーツケーキだったが、ドライパイナップルが品切れになってしまった。上野のアメ横でないと手に入らないし、そこまで出かけるのはなかなか面倒なので、お手軽にスーパーで買える板チョコベースのチョコレート・ケーキにした。バターを泡立て薄力粉を加え、バターで溶かした板チョコを加え型に入れたらオーブンに入れて30分。良い香りが部屋中に充満する。2本焼けたら、また捏ねて型に入れて焼いての繰り返し。インターネットでレシピ探したが適当なものが見当たらず、まったく適当に作って味見しながらレシピに手を入れつつ作った。後は会社のお嬢さんたちの厳しい批評を待つのみ。プログにアップしようと写真撮って見たが、美味そうに写らなかったのでこれはパス。

14日追記:味は好評であった。ただ、チョコケーキもっと欲しいという声よりその前に作ったチーズパン美味しかったという要望のほうが多く、若い人は正直だね。また作ってみましょう。ちなみに今回は下記がレシピ。

ベーキングパウダー 小さじ1/2
薄力粉     150g
純ココア     25
無塩マーガリン 115
砂糖       70
卵         2個
チョコチップ    25
明治(または森永)板チョコ(BLK) 1枚  湯せんで溶かす

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2008年2月11日 (月)

アラブに米国の大学が

NYの息子からNYタイムズの記事を送ってきた。記事のURLは下記。

http://www.nytimes.com/2008/02/10/education/10global.html?hp 

Uni_arab ニューヨーク大学(NYU、NY市のワシントン・スクエアにある私立大学、ビジネス・スクールもロー・スクールもTop20に入っていると思う)にUAEの政府幹部がアプローチしてアブダビにNYUの分校を開いて欲しい、5千万ドル寄付するという。2010年には開校の予定だ。

米国の大学が開校するのはNYUが初めてではない。すでにカタールのドーハにはコーネル大医学部、ジョージタウン大、カーネギー・メロン、ノースウェスタン、テキサスA&M、ヴァージニア・コモンウェルス等と有名大学が多い。ドバイではミシガン州立大学とロチェスター工科大学が秋から開校するという。Uni_3 多くの米国の大学がグローバル化を目指し、海外の大学と交換プログラムを組んでいる。海外からの米国大学への留学生も引き続き多いという。

米国の大学のアラブへの進出には甲論乙論あり、オイルマネー目当てだという声もある。だがコーネル大の関係者は「高等教育が米国の持つもっとも貴重な外交資産だ」という。大学の海外進出が間違いなく海外諸国との外交や文化面での摩擦を減らすのに役立つという。

Uni_4

むろん全てがスムースに進んでいる訳ではない。米国内と同じ教育プログラムでも文化や宗教の違いにより受け取られ方が違う。教科に使う資料も宗教的に問題ないか検査を受けてからしか使えないので予定が狂うこともあるようだ。

ヨルダンの息子の学校、初のアラブでの米国式の高等学校も苦労しているようだ。これは以前にも書いたが授業への集中度がまったく違うので息子達教師も一苦労したようだ。アラブ式では男女別々のクラスらしいが、彼の学校では一部のクラスは男女一緒に教えているようだ。それでも体育授業などは女生徒は女の先生が教えないといけないらしい。 Uni_2_4

米国の大学分校がアラブに増えることは息子の学校にとってプラスとなるのかはまだ良く分からない。息子もずっとこの学校に居るのか、米国の学校に移るのか、はたまた新たに進出する米国の大学の開校を助けるスタッフとして働く可能性があるのか良く分からない。いずれにせよまったく新しいことを始めて苦労しているわけで、うらやましくもある。やはり若いということは良い。

NYの息子がこの記事送ってきたのはヨルダンの息子に見せる目的が主だろうが、彼は今NYUのロー・スクールで専門教育を夜学で取っているのでその関連で送ってきたのかも知れない。

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2008年2月10日 (日)

孤老と豆腐屋

Photo_2 NHKの日曜の番組、経済羅針盤を見ていたら、お豆腐の行商を会社としてやっている事業が紹介されていた。国産大豆で手作りした豆腐をアルバイトの若い人たちが時給1200円ちょっとで荷車を引きトーフーと笛を鳴らしながら8-9時間働いているのだそうだ。笛の音を聞いておばあさん達がちょっとちょっとと呼び止めるらしい。お豆腐一丁320円とかなり高い。スーパーで買えば普通100円前後、国産豆使用品で200円弱が相場だから行商のコスト分だけ高いのかも知れない。

Photo_4  お客さんは圧倒的にご老人方が多く、一人暮らしの人も結構有る様だ。最近話したのはお豆腐屋さんだけとNHKのインタビューで語っている老人も居られた。都会の一人暮らしってやっぱり大変なんだと改めて感じた。僕も家族が居ないので家では話す相手が居らず、ブログへの書き込みが会話の代わりか? 書いていることも普通だったら夫婦で話していることが結構多いようにも思われる。そんな中味にお付き合い戴いて申し訳ありません。

アルバイトを辞めて国に帰った若い人からご老人に年賀状が来ていたのを嬉しそうに紹介してくれていた。人と人とのつながりってやっぱり大切なんだ。御用聞きって昔は幾らでも居たものだが、今はどこの酒屋さんもコンビニに業態変換して御用聞きなんて出来ないだろう。この豆腐行商の会社も荷車で引いているのは最初は豆腐だけだったが要望の多いものを増やしていったらドッグフードまで積んでいる。孤老たちには犬も大切な家族なんだと改めて知らされる。

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短い返事

ヨルダンの息子に用事があってメールで問い合わせたら、返事が僅か3語で返ってきた。(息子二人とのメールは普通は英語。) 二人の息子はとても仲が良いが性格はずいぶん違う。メールでも長男は長く、次男は短いが、今日のは特に短かった。もっとも僕も母親から電話が掛かってきても、「うん」とか「元気」とかしか言わなかったらしいから世代が変わってもそんなものかもしれない。おまけにこちらの問い合わせのメールも僅か10語だったから大差無いか?

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ママ・ヒラリーさん

Mom_and_chelsea NYタイムズを覗いたら、ヒラリー・クリントンがNBCにレターで抗議していた記事があった。スーパーチューズデイの前のNBCの報道でアンカーマンのDavid Shusterがチェルシーさんが票をもとめて民主党の代議員に電話でPimped Outしたというのに抗議したのだ。意味が分からずNYの息子に聞いてみたが、聞いたことの無い表現だという。Pimpというのは売春婦のことであり語感は良くない。放送で使う言葉では断じて無い。

Mom_and_chelsea_2 レターの中でヒラリーさんは自分は公職にあり報道がどう言おうが抗議はしないが、公職の自分よりママとしての自分の方が大切と言っている。娘のチェルシーさんに非難を浴びせた報道には我慢がならなかったのだろう。僕の家内がこのニュースを聞いてもすごく怒っただろうと思う。ワールドカップの時ジダン選手がイタリーの選手から家族の悪口を言われ思わず頭突きをしてしまったが、自分への悪口雑言は耐えられても家族への非難は堪えられないものだし、ヒラリーさん良くやったと思う。

Three_graduation オバマ氏は演説の中で「米国の最も偉大なる世代は、これから現れる」というメッセージを頻繁に伝えている。オバマ支持層の若者にはこれが受けるのだろう。クリントン陣営では27歳のチェルシーさんが全国を飛び回って遊説を繰り広げることになった。これは両親の代役というよりもオバマ陣営に対抗するための「若者対策」だと言えるだろう。ヒラリーさんは若者には「口うるさい女校長先生みたい」と言われているそうだ。僕らの会った校長先生方は男性でも女性でもみんなとても親切だったが、子供達にはそう映らなかったのかも知れない。世代間ギャップがあるのはやむを得ないし、チェルシーさんがママのために必死になっているのはごくごく当たり前のこと。それをニュースのアンカーマンが偉そうに批判するのは僕も許せないと思う。

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2008年2月 9日 (土)

脳卒中の死亡リスク、周囲の支えが少ない人は1・5倍

読売新聞読んだら「脳卒中の死亡リスク、周囲の支えが少ない人は1・5倍」だって。一人暮らしの僕はどうなるんだ???

実は母方の祖父も、父親も脳梗塞で倒れている。遺伝的には脳梗塞の懸念が高い。どうする??

かくなる上は早めにリタイアして、東京で「友達の輪」を広げることに勤しむか?

まぁ、もう少し考えてみよう。あせる必要はない。おまけに音楽聴いてたら脳梗塞リスクは下がるような気がする???

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2008年2月 7日 (木)

死ぬのは順番

Kan NHKの朝ドラ「ちりとてちん」もいよいよ佳境に入り、主人公喜代美の師匠徒然亭草若ががんで余命あとわずかとなる。喜代美が悲しくて師匠の前で泣くと師匠が慰めるセリフがなかなか泣かせる。

「死ぬのは順番。ただ悲しむのではなく、亡くなる人をいとおしむ気持ちが大切。それがいつか自分自身の生をいとおしむ気持ちに変わる。もっともっと大切に自分の人生を生きられるようになる。」

家内が亡くなり一人暮らしが2年半となる。今は寂しいと言うより家内の生きたいという気持ちも背負って毎日を大切に生きようと思うようになった。仕事が終わると食事を作ってちょっとTVを見て、後は音楽を聴きながら本を読む毎日だが、本が何より好きだった家内の分も読めたらと思う。

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2008年1月16日 (水)

赤ちゃんの帽子

1223_lennox_ny_etc_048_2 すみません、また初孫の写真です。米国では赤ちゃんには帽子を被せるらしい。防寒が目的のようだ。欧米では昔から寝るときには男性も女性も帽子を被って寝ていたようだ。これも防寒が目的。チャーリーとチョコレート工場の最初の場面でおじいさんおばあさんがベッドに寝ていたが、二人とも可愛い帽子を被っていた。

そういうわけで、僕もベッドに寝転がって本を読んでいるときはスキー帽を被るようになった。ダイニングは暖房しているが、寝室は暖房してないので。温まった空気がダイニングから寝室にのんびりと入ってくるがなかなか温まらない。朝起きるとき温度を見てみると8度。寒いわけだ。寝るときもスキー帽被ろうかな? 僕の帽子被った写真はありません。可愛くないから。

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2008年1月14日 (月)

若者パワー

今日は成人の日ということで若者をフィーチャーした番組が多かった。土曜日の夜10時からNHKで明日をつかめー平成若者仕事図鑑という番組があり時々楽しみに見ているが、今日はその特別番組をやっていた。いろんな分野で働く若者が仕事にぶつかってゆく姿を描いていた。

自分は何の仕事が良いか学生のときにはっきりしたイメージは掴めず、何となく就職した会社で海外に行きたいと希望し留学とか海外勤務とか希望をかなえさせてもらった。海外生活23年だから普通の人よりはかなり海外勤務年数は長いしそれだけいろんな経験もさせてもらった。

番組の中でフィーチャーされた若者がどういうわけでその職に付いたかはあまり明らかでなかったが、道を決めたらその中で極めたいという強い気持ちが伝わってきた。それは7:30から同じくNHKで放映された技術オリンピックで入賞した若者達の姿勢からも同じように伝わってきた。

僕の二人の息子は海外育ちなので、1)日本語も英語も同じように出来る、2)米国人のなかでも臆せず振舞える、3)自分で決めて自分でやる、ということを心がけて育ててきたつもりだ。二人とも中学高校は日本で過ごしたが、それ以降の教育を米国でやりたいというのは自分で決めたし学校も自分で決めた(むろん親も相談に乗った)。大学以降の進路も自分で決めて、長男はウォール街で、次男はヨルダンのアメリカンスクールで働いている。仕事の内容は良くは分からないが、NHKで紹介された若者のように夢を持ってがんばっているようだ。

自分はどうだろう。米国勤務のときは家族も一緒で楽しかったし、仕事にも張りがあったが、会社の金看板を背負ってチームで仕事をして、自分本人がどれだけの貢献をしたかというと今になって思うと疑問が残る。むしろ初めてタイに赴任したとき言葉も出来ない中でお店の人たちにお客が店に来て喜ぶ姿を見たいからと言われ深く学んだ覚えがある。確かに店で一時間ぐらい座って次々とくる来客の姿を見ていると本当に勉強になる。自分の仕事がこういう形でお客に貢献しているという姿を実感することは自分達の仕事のやり方を見直させる力の源泉のように思う。そういう形はオーストラリアに居たときも強く感じた。そういう意味で、自分に挑戦することは20代でもそれ以降の中年、熟年になってからでもまだまだ出来そうな気がする。では還暦を過ぎた僕はこれから何に挑戦して行こうか?大病をして人とのつながり(学生時代の友人、近隣の知人等)をより考えるようになった。答えはこの延長線の中にあるのかもしれない。

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2008年1月13日 (日)

ニューヨーク・エクスプレス

Photo_2 生まれたての娘に音楽を聞かせたいというので、息子達が小さいときから小学校いっぱい習っていた鈴木メソード(バイオリンとピアノ)の本部に頼んで彼らが聞いたCDを送ってもらった。 (内容は添付ファイル」)「for_baby_and_mom.xls」をダウンロード 米アマゾンのHPの子供向け音楽を見てみたらいくらでもその用途のCDがあるが、自分でよく聞いて納得の行く内容のものを選びたかったので鈴木メソードのCDを使うことにした。

CDとか、0-2歳用の絵本を早く送ってほしいというので2kgまでなら割安の小形包装物(Small Packet)にしてCDは航空便、絵本はSAL(航空便と船便の中間の配達日数、料金)で送った。料金明細は郵便局のHPでざっと計算し、とにかく2kg以内に収まるように、かつ国際間輸送に耐えるよう丈夫になるようプチプチにくるんだり菓子箱に入れたり工夫して局まで持って行き、目方を量ってもらってから、船便だと幾ら、SALでは幾らと聞いて決めた。丁寧に教えてくれるので安心。

ざっと25年ほど前は当方がNYに駐在し家内の母親が和食とか子供の服とかあれこれ心配して送ってくれた。今度は役割交代してこちらが送る番だ。今は和食の材料は何でもNYにはあるし、子供服だって可愛いものはいくらでもある。当方の役割はもっぱら絵本かな。何かの役に立つかと思って息子達のために買った絵本のリストはちゃんとPCに入れて大切に持っていたが、それから何度も引越しを重ねどこかに紛失してしまった。良い機会なので郡山図書館の絵本コーナーで沢山の絵本を見ていると背中のタイトルを見たり表紙を見たりして何となく思い出してきた。たぶんなら添付のリストの内容だと思う。「Ehon.xls」をダウンロード  あれから25年経ったのだから幾らでも良い絵本は出ている筈だが、選んだものは今見直しても面白い内容だったので、名作というのは時代を超えて生き残るようだ。80年代の映画など今見てもまだまだ面白いものも沢山あるので、それと同じことかな?

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2008年1月11日 (金)

初孫の写真(おじさんと)

0718_021_2 長男の娘(初孫)の写真がまたNYから送られてきた。今度は次男(つまり彼女にとってはおじさん)と一緒の写真だ。顔の大きさがぜんぜん違うね。息子も20何年前はこんなに小さかったのだが。

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2008年1月 9日 (水)

チェルシーさん良かったね

Chelsea_clinton_2

1月9日のニューハンプシャーの民主党予備選でヒラリー・クリントンはアイオワ予備選で敗れたオバマ上院議員を破りトップ当選した。米国でもトップニュースだが、我が家でもトップニュースだ。アイオワでの敗戦の挽回に、ニューハンプシャーではヒラリーさんのお母さんと娘のチェルシーさんが前面に出てきたが、実は彼女は長男とスタンフォード大学の歴史のコースで同じクラスだった。卒業式の時は僕は予定がつかず少し遅れて行ったので彼女達に会えなかったが、息子はクリントン夫妻から卒業おめでとうと言われたという。Chelsea

息子はクリントン夫妻が学んだイェール大学ロースクールに進みペンシルヴァニア州の連邦裁判所で研修生として過ごした。僕も裁判所の中を見物させてもらったが、TVの法廷番組で見るより重々しい雰囲気がした。その時ニューヨーク州の法曹界の集まりに出たときにクリントン元大統領と写真を撮ったというのでちょっと紹介。Clinton 心臓のバイパス手術の後でダイエット中なので、元大統領がやたらスマートに写っている。

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Kings Academy 息子とヨルダンの王様

Picture_362 次男はヨルダンのKings Academyの教師をしている。これはアブドラ国王の肝いりで米国のプレップスクール並みの教育を目指して昨年作られた学校だ。国王はマサチューセッツ州のDeerfieldというプレップスクールを卒業されているが、その校長を招いて学校作りを要請し、校長が今度は同校卒の息子に生徒の指導を手伝って欲しいと頼まれたもの。Picture_390

首都のアンマンから20キロぐらいの処に新たに作られた校舎はアラブ風というより地中海風のデザイン。でも学校の回りはPicture_353 写真のような砂漠が多い。ヨルダンばかりでなくアラブ諸国から英語による高等教育を望む生徒が先生と一緒に寮に住みキャンパスライフを送る。皆で一緒に何かをするということが楽しいらしい。例えばニュージーランドのマオリ族の戦いの前の踊りハカをやってみようと勢ぞろいで写真を撮る。

Picture_160

秋に父兄を招いて校内で催しがあったが、アブドラ国王もお見えになった。息子の指導も功を奏してか生徒達の学力も順調に上がっているようで、父兄の評判もよく、国王も喜ばれているようだ。King_abdullah 校長たち学校の幹部と一緒に食事をされたが、息子も同じテーブルに招ばれたとのことで名誉なことだ。この王様は英国空軍の教育も受けておられ車やヘリコプターの運転が大好きで、小泉首相がヨルダンを訪問されたときは自分で車を運転して首相を送られたという。

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2007年12月30日 (日)

子供の笑顔

Kids1_2 前の会社の同僚が会社で出している子供の笑顔の月めくりカレンダーを送ってきた。当家の息子達が小さいときはありがたく頂いて家の中に飾っていたが、長じてはとんと役立たずのカレンダーと化して処分に困っていた。今年は孫が生まれ急な心変わりで子供の笑顔がズンと心に飛び込んでくる。今まで掛けていたJALの世界の美女カレンダーごめんなさい。おじいちゃんには美女の笑顔より子供の笑顔の方が嬉しいのです。

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2007年12月26日 (水)

初孫の写真(息子夫婦と)

1223_lennox_ny_etc_040_3 今度は本当に初孫の写真を送ってきた。息子夫婦と一緒だ。あまり小さすぎてよく分からないが、可愛いようだ。赤ちゃんとよく言ったものだ。本当に赤い顔色だ。お嫁さんは木曜に退院だという。

初孫の写真はすぐに写真屋さんでプリントして家内の霊前に供え、おばあちゃんにも送らねばならないが、今日のところはまず写真ファイルをセーブしたSDカードをお供えしてみよう。家内は霊になっているからきっとデジタルファイルも見られるはずだと固く信じて。

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2007年12月24日 (月)

初孫の写真

息子から早速女の赤ちゃん(名前はまだ付いてない)の写真を送ってきた。奥さんが入院しているのに手回しの良いことだ。どれどれ開けてみよう。Photo_2 あれっ、いきなり大きくなったし、いやにふわふわしてるね。何だ、パンダじゃないか。うちの息子もそそっかしい。でも、可愛いものは可愛いね。

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コウノトリがやってきた

Photo 朝6時電話が掛かってきた。おっ、息子だなっと思って取ると、12時ごろ産まれたと言う。女の子で2300gram。紐が頚の周りに二重に巻いているというので帝王切開になったという。大変な出産だったがともかく母子ともに無事でやれやれ。家内の霊前に無事を報告して線香をあげた。

今日は日本では24日だが、NYでは時差の関係で23日の生まれ。良かった。米国では幼稚園から小学校時代は誕生日には友達を呼んでバースデイパーティーをする。家に呼んだり、マクドナルドのような子供向けのレストランで開いたり、スケートリンクで開いたりする。23日で良かった。24日だとクリスマスイブで呼んでも親が忙しくて連れて来られる友達の数がぐっと少なくなる筈。コウノトリも年末のスケジュールを良く考えて赤ちゃんを運んできてくれたものだ。

そういうわけで僕も嬉しくなって、朝から15kmも走りこんでしまった。3日前に走り出したばかりなのに。足が張ってきたが風呂に入ってゆっくりマッサージをした。ケーキを焼いて明日は会社の同僚に振舞おう。

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2007年8月21日 (火)

英国からの手紙

Moorpark_2 6月20日付けの「思い出の樹」にも書いたが、我々夫婦はロンドンでMoor Parkというゴルフクラブに所属していた。夫婦ともたくさんの友人が出来、大変楽しく過ごすことが出来た。そこで、我々の父親代わりと言っては何だが、とても親切にしてもらったRexというおじいさんが居た。我々夫婦のメンバーシップ取得のためにもいろいろ骨折ってくれた人だ。その時80歳そこそこだったから、今はもう90歳近いだろうか。

家内の6月19日の三回忌によせて、遅ればせながらとカードを送ってきた。近況として地中海に旅行した写真も入っていた。Rexは19歳の時友人たちと行った映画館で奥さんに一目ぼれし、モーレツなアタックの後に数ヶ月で結婚した人だ。50歳で早期引退し、以来Moor Parkでゴルフ三昧の時を過ごし多くの友人を得た。僕もまず彼と知り合い、そのつてで芋蔓式に友人を増やした。我々がシドニーに発ってから奥さんのMarianが病気で亡くなった。長く患って足腰も不自由だったのだ。そのRexが再婚したという手紙をもらってびっくりしたのは家内が亡くなる少し前だった。家内にも知らせたがあのRexがと言って驚いていた。

Chelmsford

その後軽い脳梗塞を患い、左の手足が軽い麻痺になった。新しい奥さんのAnnの田舎Chelmsfordに引っ込んで悠々自適の暮らし。写真をみるとリラックスして本当に余生を楽しんでいる感じがする。英国でも配偶者と死別してから一人暮らしを続ける人もあれば再婚する人もある。Rexの場合、病気もしたし、再婚して本当に良かったと思う。そのRexが僕に再婚しろと勧める。Rexは家内も本当の娘のように可愛がっていた人だ。Rexに何か言われるとあの英国の日々の思い出がどっと胸に迫り思わず涙が出てくる。だが彼ほど親身に僕たちのことを考えてくれた人もまた少ないのだ。もう自分のこれからは自分で決めることだが、入院してもう4週間経ち退院の目処がまだ立っていないとなると多少弱気になる。一人暮らしも大変だと病気の時には、それも痛みがあるときにはつくづく感じる。

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2007年7月23日 (月)

20年あれば何だって出来る

今見てるTVドラマで主人公の女性が、「私あと20年生きる積もり、あなただって何か始めたら、20年あれば何だって出来るんじゃないの?」と言う。その通り、僕もそう思っている。会社生活終わったら、これから20年、走って、ドライブして、音楽聴いて、ブログ書いて、料理・ケーキどんどん作って。さあやるぞぅ。だが、それと同時に「あれっ、さっき机の上に置いたSDカード何処にやったっけ」と今現在の問題にオヤジっぷりを発揮して困っている現実がある。

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2007年7月19日 (木)

マンハッタンの事故

Ny_steam 今日は病院に行くので朝ゆっくりしていて、何となくTVを見ていたら、マンハッタンで事故だという。ミッドタウンだ。長男はダウンタウンの法律事務所に勤めているのでまず大丈夫とは思ったが、そこはそれ親心だから、とりあえず彼のアパートに電話を入れてみた。暢気そうな返事が返ってきて、いきなりヤンキース、松井快調だとう言う。しょうがないねぇ、こちらは心配して電話掛けたのに。

結局四方山話。息子の奥さんはつわりの時期も過ぎ順調で先週末はロングアイランド半島の先にあるHamptonという避暑地にある先輩の家に招かれて行っていたという話をした。彼女に代わり当方の体の心配だが、自分も医者だからいきなり手術法を聞いてきた。そういうではなくてバッサリ切るの、目でいろいろ確かめたいらしいよと答えた。

8月中旬に休みを取って一時帰国するが当方入院中だから東京まで会いには行けず、どうなるかな?

家内の母親に息子達は無事ですと電話入れると安心して息子夫婦の話を一くさり。話し出したらとまらないのは仕方が無い。一通り済んでからこちらの体の心配。大丈夫ですよ、と外科医の友人から聞いた話を伝えて安心してもらった。

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