柳家三三 若手だけど色気がある

Sanzaまだ30代半ばだと思うが、落語家の柳家三三(さんざ)の古典落語の高座は素晴らしかった。郡山の落語愛好家(お医者さんとかお坊さんとか)が肝いりとなって、東京の落語家を二月に一度呼んで独演会を演じてもらっており、毎回5~60人のお客が集まる。今回は人気の三三と前回その肝いりの人から紹介され、まったく知らなかったのだが、前売り券を購入して、今晩聞いてきたが、実に良かった。

噺も素晴らしいが、間の取り方、表情、目線の動かし方、身振り、どれをとっても一級品。何よりかにより色気がある。これは若い女性に人気があって当たり前(今夜は残念ながら大年寄り中心で、若い女性?は数少なかったが)。Googleで見てみたら、東京での月一度の独演会は毎回売り切れ続出という。はるか遠い郡山で真近で聞けて本当に良かった。

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三枝にありがとう

Dscf1575_2 今晩は、郡山に来た桂三枝の独演会。

かれの落語を聞いたのは、家内が亡くなって傷心で日本に戻った06年の確か10月くらい。何時までも落ち込んでいても仕方がない、切り替えたいと考えて、東急で催された天満天神大阪祭りの一環で大阪落語会に聞きに行ったもの。大阪落語の復活に、落語の定席、天満天神繁盛亭を開設しようと、大阪落語会に出席した落語家が張り切っていたのが、つい先日のようだ。

三枝を始めとする、大阪落語や、それに続いて、大田区の志楽、花緑の落語会などによく通い、それ以外の音楽会やマラソンなどのお陰で元気を取り戻し、もう大丈夫、100kmマラソンも走れるようになった。

そんなきっかけを作ってくれた三枝さん、どうもありがとう、今日の落語もモーロクしかけたおじいさん、おばあさんを面白おかしく話題に取り上げ笑いこけていた。ぼくもそのモーロクじいさんの予備軍だが、笑われるより笑っていた方が気持ちが良い。何時までも笑いの絶えない暮らしがしてみたいものだ。

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上海雑技団

Dscf0965 蘇州旅行のバスで一緒になった人たちに勧められ、上海雑技団の演技を見に行った。毎日3ヶ所で行われているがホテルから歩いてゆける処へ行った。ツアーだと450元だが自分の足で歩けば僅か200元(ざっと3,200円)。

若い女性が多く、身のこなしがすごく軽い。何処のサーカスでもありTVではよく見るが、目の前でこうやって椅子を重ねられるとドキドキする。

Dscf0967_2 本当はフラッシュが演技の邪魔になるので デジカメで撮ってはいけないのだそうだが、感度を1600に合わせノーフラッシュで撮ってみた。椅子を10個積み重ねお嬢さんが7人順々に椅子の上で逆立ちしてゆく。一応命綱は付いているが大丈夫かとハラハラしてしまう。

Dscf0963 今度は15歳くらいの女性が体の柔らかさを生かして両手両足、ひいては額の上や口に灯篭をくわえて体の位置を変えたりしてビックリ。写真の撮り方がうまくないので実感が湧かないかも知れないけど、目の前で演技されると本当に感動する。日本に来ることがあったらお子さんを連れて行くにはぜひお勧め。当家の孫はまだ小さすぎてつれてゆくにはまだ早すぎるが。

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日本は文化小国?

Big_ben 野口悠紀雄さんの最近の著書「モノづくり幻想が日本をダメにする」を面白く読んでいるが、気になる章があった。章の題は「英語力が国力を決める時代」

最近のインターネットの発達で新聞記事や文献がどんどん検索が容易になって来た。グーグルは大学図書館等の専門書の電子化作業に乗り出しておりデジタル検索はますます容易になる。問題はグローバルな検索対象は英語の文献、ひいてはヨーロッパ言語が中心で日本語はそれから外れるだろう。Wikipediaの検査項目を見ても日本語は約40万の項目があるが、英語はその5倍近い項目がある。その日本語も同じ項目で英語版を調べてみると、日本語版は英語版をベースにしたモノがけっこうある。

もともと日本は島国で、しかも出版文化、翻訳文化が盛んで何でも日本語で間に合ってしまうので、日本人の英語力は低かった。最近のゆとり教育が英数国能力の低下に更に拍車を掛けたし、大学全入時代であれば英語を真剣に学ぼうとする意欲も低下するだろう。

インターネットを通じて経済活動はずいぶんグローバル化している。僕個人でもCDや本を米国Amazonで購入している。インターネット上の世界言語は英語だ。英語でメールのやり取りをし契約をする、世界中がその環境でビジネスを行っている。日本はこの英語の大衆化から取り残されていると著者も警告しているし、僕もそう思う。

日本の衣食は素晴らしく、伝統美術も見事だ。農村の風景も緑が目に鮮やかで大好きだ。日本映画も最近はとても面白い(韓国映画もそうだが)。英語無しでもそれらを堪能する生活は続けられる。だが、いやおう無しに毎日の生活がインターネットを通じグローバル化されている今日では、英語力がないと世界経済の一員となれないのではないか? 日本の伝統文化は素晴らしいが、インターネット中心の現代の文化では日本は文化小国となりつつある、またはなってしまったのではないかと憂う。

ただその言葉の壁がマイナスに働いていない皮肉な結果もある。英米ではコールセンターやデータ処理業務、ひいては税務、法務、会計の専門職まではどんどんアウトソースでインドや中国にオンラインで仕事が回っている。米国の大学では卒業してもインド人並みの低賃金しかもらえないとコンピューター・サイエンス分野に学生が集まらなくなってしまった。日本ではインド人や中国人を連れてきてもすぐに日本語を習得してもらうのに時間が掛かり、アウトソースが進んでない。日本の労働者は言葉の壁で守られている。だが何時までのことだろう。日本の通販会社で中国にコールセンターやデータ処理センターを作る会社はどんどん増えているとTVの特集番組で見たばかりだ。

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涙もろくて

Photo NHK朝の連ドラちりとてちんも終盤に近づき、いろいろぐっと泣かせるセリフが出てくる。ついほろっと涙が頬を伝ってしまう。あまり人前で見せられない姿だが、一人暮らしだからまぁ何とか。同じNHKの土曜日9時からのフルスウィングも実に泣けたが。主人公の生き方がある程度自分に重なるような気もして。もっとも頭の薄さはまだあそこまで行ってないが。

この頃は本を読んでもほろっとすることがある。時間を掛けて読んでいるカラマーゾフの兄弟でもアリョーシャの場面では涙が出てくることもある

Photo_2 そう書いていたら今日は新聞を読んでついほろっとしてしまった。今日は城山三郎さんの一周忌。彼の死に先立つこと7年前奥さんの容子さんはがんで亡くなったが、その死後城山さんは気力体力共に衰えたようだ。奥さんのことを書いた「そうか、もう君はいないのか」が今年の1月に上梓されている。退院したら読んでみよう。

奥さんは城山さんにとって精神安定剤だったという。それなら僕ら夫婦もそうだったかもしれない。僕は出張がちだったが、家内からあなたといると寝つきが良いと変な誉め方をされたこともある。僕も家に帰ってただいまぁと言うと家内がお帰りぃと応え、それでふっと心が安らいだ憶えはありありと思い出す。

今日も阿武隈の山々の峰越しに朝日が赤々と昇ってきた。陽の力が全てをリフレッシュする。どうか僕の心に安らぎを与え前に進む力を授けて欲しい

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図書館とインターネット

今日の郡山は積雪10cmプラス。日課のジョギングは出来ないから、朝一で図書館に行ってCDを借りて来よう。

図書館は米国に住んでいたころから良く利用して、何処にいってもほとんど毎週本を借りていた。日本に戻って一時大岡山に住んだので、近所の図書館:大田区洗足池、目黒区緑が丘、そして八雲中央、更には世田谷区奥沢図書館で本を借りていた。

郡山に移り中央図書館で本を借りようとすると本が少ない。利用者に比べ本の冊数が少ないかも。世田谷区であれば人気作家の或る作品は16冊購入され中央図書館と分館に配布される。郡山では7冊だった。だから予約をしておかないと人気の本が読めないままとなってしまう。最初は所定の様式に書いてカウンターで申し込み電話でお知らせを受けていた。だんだん面倒になり、インターネットを調べてみたら簡単に出来ることが分かり、開架で本を探すのは止めて全てインターネット予約。あまり予約しすぎて一時にメールでお知らせが来て借りられる制限の5冊を越えてしまうことも。

東京に戻ったら状況はどうかなと思い、目黒区、世田谷区、大田区のインターネット予約状況を調べてみたら、目黒区、世田谷区は簡単に出来る。郡山と同様のシステムが有り慣れれば不自由無くアクセスが出来るだろう。ところが大田区には無い。だが館内のターミナルを通じては予約が出来る。お金の無い区ではあるまいし、図書自体も充実しているのにと思って当たってみると理由はこうだ。インターネットアクセスのシステム入れること自体はさしたる困難が無いが、「蔵書検索・予約システムはそれによって、本が動く(予約した方の利用している館に本を配送する)量が大幅に増えるから、物流がたくさんの本の動きを支えられるようにしないと導入できないんですって」。ふぅーん、そう言えば郡山だってネット予約して好きな分館で受け取れるから不精者対策をしないといけないんだ。大田区の図書館HPも充実してないが、その代わり非公式HPがあるのも面白い。これらのデータは「東京図書館制覇!」というブログで拝見しました。僕もリタイヤしたら全区とはいえないが目黒、世田谷、大田区制覇ぐらいは行ってしまうかも。川崎市も追加しても良いかな?川崎動物園の夫婦レッサーパンダにも親しくご挨拶したしネ!

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ラベンダー

まほろホールでピアノトリオを聞いた時、ホールでラベンダーのドライフラワーを売っていたのでつい買ってしまった。04年10月家内とタスマニア島に旅行した。ラベンダー畑が見てみたいという。ちょっと季節が早いのだが、行けば何とかなるだろうと出かけた。実は家内のガンを手術してから一年ほど平穏に暮らしていたが、一緒に旅行に出かけられるのも、もう何度も無いかも知れないと思い至って出かけたのだ。Lavender

何とか畑も訪問でき、タスマニアで有名なワイナリーも訪れ中庭でワインとサンドイッチでランチ。豪華な気がした。土産にワインを何本か持って、東京で息子に持たせたら、JRの網棚に置き忘れてきて味見ができなかったというお粗末があったが。

残念だが結局それが最後の感傷旅行となってしまった。あの5日間のことは今でも目をつぶればまざまざと思い出すことが出来る。ラベンダーの香りが僕の気持ちを一気にタスマニアに運んでくれる。むろんその時、CDだがチャイコフスキーのピアノトリオOp50を聞いていたのは言うまでも無い。音楽とか、香りとか、キレイな花を見たときは、自分の気持ちがすっと昔の良かった日々に帰ることが出来る。ドライフラワーも霊前にお供えしたが、天国まで香りが届くかな?

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神頼み

仕事で久しぶりにバンコックに出かけた。Bkk_jan07_1 タイで一番のメーカーに製品を導入しようとでかけたもの。普段なら神頼みはしないものだが、今回はとても重要な取引だったので、郷に入っては郷に従うことにした。バンコックの中心部、グランドハイヤットホテルの隣にエラワン聖地がある。4面の仏様を祭ってある。朝早くからご利益をお願いする老若男女が来て、花飾りや線香をささげている。僕もはり込んで大きいのをお供えし一生懸命おまいりした。一日では足りないと思ったので二日続けてお願いした。幸いプレゼンはうまく行き、製品テストがよければ次の段階に進みそうなので、翌朝またお礼のお参りをした。大分張り込んだが、良かった良かった。考えてみれば息子たちの中学、高校、大学入試の時にもあちこちの神社仏閣にお参りをし、絵馬も供えたものだった。処変われどやることは同じ。ちょっと違うのはここでは踊りのお供えも出来ること。若いカップルが一生懸命お願いをしているが、何をお願いしてるんだろう?

Bkk_jan07_2

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代々木公園の桜

Photo_8 土曜日に高校の同期生8人と代々木で飲んで渋谷に泊まった。直腸癌を手術した同期生が無事に一杯のめるようになったのを祝った飲み会。翌朝ぐっと冷え込んだが冷たい空気がさわやかで元気が出る。渋谷から代々木公園に走って出かけ一周するとトイレのそばに梅が咲いているように見えた。近づいてよくよく見るとどう見ても桜。近くの人に聞くと静岡でよく見かける河津桜とのこと。寒い中で健気に咲いている。クラブのHPに投書したら多摩川辺りにも強い風に向かい合ってがんばって咲いているとのこと。2月の桜ってなかなかいいじゃない?

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ニューヨークの年末

Dscf0372 年末に掛け息子夫婦たち(二組)が住むニューヨークを訪れた。せっかくだからと盛りだくさんのプログラムが組まれ、カーネギーホールでの音楽会、メットでのNY市バレーの胡桃割り人形、メトロポリタン美術館の天使の人形が飾られたクリスマスツリー等を見てきた。さいわい寒さも厳しくなく楽しめたが、時差を克服して観劇の間に寝ないようにするのはなかなか大変だった。ちょっと目をつぶると「あーっ、パパ寝てたぁ」と批評家の目がうるさいので。

毎日朝一番で何時ものようにランニング。幸い息子達の住むアパートのそばにプロスペクト・パークというセントラルパーク並みのきれいな公園があり、毎朝早くからジョッギング、散歩(人+犬)および馬での散歩を楽しむ人たちがかなりいた。周回路は一周4.5kmと駒沢公園の2倍くらい。大きな芝生では犬たちが大運動会を開いていた。

24年前に住んだグレートネックというロングアイランドの町に息子二人と出かけ、当時遊んだ公園や通った小学校、図書館、プール等を見てきた。実は亡くなった家内のお骨を散灰しようと訪れたもの。いつも小学校が終わると息子たちは自転車で公園に出かけ家内は野球やサッカーの道具を車に積んで追いかけた。公園で息子たちが遊んでいる間、家内は近所の隣人とベンチでお話にいそしんだものだった。家内の供養のためにひとしきりキャッチボール等で遊んだあと、三人で散灰をしお祈りをした。家内の短い生涯のなかでもっとも楽しく輝いていた瞬間がここグレートネックでの生活だったと思う。家内の思いを抱いて息子たちがこれからのブルックリンでの生活を楽しんでくれればと家内に心で問いかけた。Dscf0383

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