脳を活性化する

Photo脳の老化防止というNHKの茂木健一郎の番組を見て、OKとアウチを感じてしまった。

脳を活性化する秘訣は;
☆からだを動かす、歩く → OK,これだけ走ってれば脳に刺激が行ってるはず。
☆手先を使う、例:料理、皿洗い → やってますよ、しかも美味しい。
☆細々とした事を人任せにしない、例:部屋や机の上の片付け → アウチ、超不得意なのです。何もしなかったら脳が老化しちゃうかなぁ。

☆ふだんやらないことにチャレンジ、たとえば;左手で食べる? 脳トレに良い?? →そういうことは面白がってやる性質だから大丈夫。

☆なるべくさまざまな使い方をした方が、脳の回路が太くなるそうな。
新しいことに挑戦する、面白いぜ。

☆やってることが、好き、楽しい、これが脳を活性化、これなら何となく大丈夫。 でも、この感じ、あと何年持つかなぁ?でも、これも、僕と楽しく遊んでくれる友だちがいるからこそ。この場を借りて、深く感謝します。

| | コメント (0)

ハンディキャップの人と共に生きる

Photo_3 8月18日毎日新聞の記者の目に、奈良県下市町立中学校に通う、谷口明花さんが、車椅子での通学が7月に認められたことの後日談が載っていた。町教育委はバリアフリー施設となってないことから入学を断ったのだが、奈良地裁は「何ができないかとの観点のみではなく、どのような能力が残され、何ができるかとの観点から将来の可能性を信じ...」と仮の義務付けを決定したのだ。

この文言は実は正しくない。たとえハンディキャップでも、健常者と一緒の生活を過ごすことにより、そして本人の家族の努力にもより、健常者に少しでも近づいてゆこうと新たな能力が開発されてゆくからだ。同時に、同級生の意識も大きく変わってゆく。"女子生徒は「人のことを考えるようになったと思う。明花ちゃんは普通の友達」と話した。(毎日記事)”

実は僕も同じような経験がある。と言って、車椅子でなく、知恵遅れの子(これ差別用語じゃ無いよね)たちだった。一宮の中学で、当時は特殊学級というのがあり、何かのハンディのある子たちが学んでいた。でも休み時間や、放課後は、知恵遅れの子たちでも一緒に遊んでいた。学校の帰りによくソフトボールをやった記憶がある。勉強は出来なかったかも知れないが、ソフトやっているときはまったく普通の子どもたちだった。

ハンディのある子どもたちを健常者と同じクラスで学ばせることは、少しはマイナスの面もあるだろうが、実は大きなプラスを同級生に与えるのではないだろうか?いたわりの気持ちは、勉強がすごくできることより大切だと思う。ときどき、頭もよく、きちんとして、社会生活のルールを一つも破ったことがありません、でも、気持ちが通わない、慈しみの気持ちの見えない人が居る。そういう人とはお酒は飲みたくないなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あるばむと天国

Cradle 鈴木秀子さんの本を読んでいたら、谷川俊太郎さんの、まなびという詩が紹介されていた。 

ほんを たくさん 頭の中に 
あるばむを 一冊 胸の中に 
そして 
出来るなら 天国を 心に深く 
くるかもしれぬ 独りのときのために 

最愛のご主人を亡くされた奥さんが、最後の日々をご主人と暮らす想い出が、あるばむ作りとして紹介されていたのだ。 

僕の場合、家内との最後の旅行、タスマニア島のクレードルマウンテンがそれに当たるだろうか。家内がガンを発病して日本に帰り1年半療養し、しばらくシドニーで過ごしたいとの希望で、これが最後の旅行になるかもしれないと心の中で覚悟して訪れたタスマニア島。一週間ほどの旅行だったが、その一場面一場面は今でも克明に憶えている。 

口には出さなかったが、家内のための思い出作りと考え配慮して旅行したのだが、今にして思えば、僕が得がたい想い出を神様と家内とから戴いたということがよくよく分かる。 

この写真ではとても説明できないが、訪れたときの印象はとても神々しい風景だった。その心象をともに家内が思い残すことなく安らかに天国に旅立ったとしたら本当にありがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心臓手術を前にして

手術といっても僕ではない。バンコックに居たとき世話になった雑誌社の日本人社長が、長年の無理がたたったのか、つい先月胃に激痛が...。彼は自分は丈夫だと信じて、長い間医者には積極的に掛からず、疲れたら点滴、胃の調子が悪かったら胃薬というような生活で、タイ現地人10人程度の会社を切り盛りしてきた。だが、今度だけはもう我慢が出来ず病院に駆け込んだ。

病院で見てもらうとすぐ入院。胃ではなくて、実は心臓。放っておくと心筋梗塞発作でいつ亡くなるか分からない状態だったという。肺動脈がコレステロールで詰まりかかっており、心筋も疲労してスカスカの状態だという。ただ、バイパス手術を強いるほど悪化しているわけではなく、バルーンカテーテルでまず詰まりかかったところを広げることで何とかなるそうだ。

この彼が、8月の手術を控え、日本に飛んでくるという。病気に障ると大反対したが、バンコック病院のタイ人医師のOKを取ったとかで、まぁ覚悟の上で飛んでくるのだから止められないと、来日早々の彼に、同じ時期にバンコックに居た別の友人と会うことにした。

意外と元気そう。タバコを止めた(あったり前だよネ)ので、退院後8kg肥ったという。顔色は良さそう。でも階段の上り下り、特に地下鉄、がとてもしんどいそうだ。ちょっと昇っては休み、昇っては休みの繰り返し、確かに心臓に障るよネ。

タイでは60歳以上では医療保険を付与してくれる保健会社が無いそうでやむなく日本に住所を移し、国民健康保険を受ける手続きをしに来たそうだ。同時に、商用ということでAIUの傷害保険に加入したそうだ。

彼の会社はタイ人向けの雑誌を創設しようと一昨年手を拡げてまずまず無事離陸したと思ったら、例のタイのクーデター、空港封鎖、反対派のG20会議乱入による観光客離れと米経済ダウンによる底冷えで広告収入が6割ダウンと仕事のストレスもつらかったに相違ない。まぁしばらくは開店休業ですわと、タイの景気の再離陸を待つ構えのようだ。

タイ人女性と再婚したので、子供はまだ成人したてぐらいの筈。今死ぬわけにはいかないものね。前立腺全摘の僕と、胃全摘の別の友人とが集まって、これから心臓手術をしようという彼を励ましたというか、同病相哀れんだというか。本当は生きていて良かったねと声に出して言いたいくらいだったが。身体に問題がある自分を受け入れながら、精一杯できることをする、それが生きていく本当の意味ではないか...な~んて言えたら良かったけど、思うことがすんなり言葉に出てこないおじさんたちでした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

僕には数字が風景に見える

_ 2005年末にNHK地球ドラマチックで放映された「ブレインマン」を見られた方も居られると思う。その数学と語学の”天才”の英国人ダニエル・タメットの著書「僕には数字が風景に見える」を読み、天才の栄誉の影に、人とのコミュニケーションに障害を持つ著者の苦しみ、葛藤と、家族や友人の愛情に包まれ少しずつそれを乗り越え自立し社会と共生し、自分と同じような障害を持つ人々を助けようと活動する著者の勇気ある行動に感銘を覚えた。

1から10、000までの数字の一つ一つが個性を持ち、独自の色や形を持つ、長い数式も数字のつながりが美しい風景に見え、一瞬の間に計算結果が分かってしまう能力がある。サヴァン症候群と言い非凡な才能と脳の発達障害を持つ人々が居るが、著者も映画レインマンで有名になった米国キム・ピークもそれに属する。また著者はアスペルガー症候群の障害も持つ。

自閉症とよく似たアスペルガー症候群、どちらも共通する中核的な症状がある。

①人の心の動きがよく分からないので、対人関係が上手にとれない。

②ひとつのことに強くこだわり、新しいことがらや環境をなかなか受け入れられない。

著者は小さな頃から人との関わりがうまく行かず普通の人が何気なく出来る日常の行いもうまく行かなかった。保育園や学校にもなじまず友人も出来にくいという孤独と苦痛の暮らしだったが、家族の献身的な愛情に包まれ育っていった。高校を卒業して英語教育のボランティアでリトアニアに一人で旅立つ。話は変わるが、こういう障害者もボランティアに起用する英国団体の懐の深さにも感じ入る。大変な努力で不安と緊張を乗り越え、見知らぬ人と交わることを覚えてゆく著者の行動は感動的だ。海外で暮らし、英語を教えるコツを自覚することにより、欧州のさまざまな語学(フィンランド、フランス、ドイツ、リトアニア、エスペラント、スペイン、ルーマニア、アイスランド、ウェールズ)を自習し話せるようになる。彼のHPではフランス語とスペイン語を優しく覚えられるプログラムを手ごろな費用(1コース25ドル)で提供している。

詳しいことは本を読んでもらえば分かるし、いろんな書評にも紹介されているので繰り返さない。僕がここで言いたかったことは、自閉症の方々は人との関わりが難しいという障害を持っているが、本人の適性に応じた仕事では人並み以上の能力を発揮することがある。自閉症の方々の就職では試験や面接ばかりでは能力を見極めることが難しい。本人をよく知った方々の紹介から試用期間を経て本人を理解するという、障害者に対する社会の理解が深まればもっと活躍の場が得られるのではないかということである。著者も障害に対するわだかまりを持たぬ友人達の支えで友情を知り、愛を知り、神への信仰も深めて行く。健常者と何の変わりも無いことを本書を通じよく理解できる。著者は最後に聖書のコリント人の手紙の一節を引用している。仏教の経典にも共通する表現があるように思われるが、こんな素晴らしい言葉を教えてもらってありがたいと思う。

愛は寛容にして慈悲あり。愛は妬まず、愛は誇らず、驕らず、非礼を行わず、己の利を求めず、憤らず、人の悪を念わず、不義を喜ばずして、真理の喜ぶところを喜び、凡そ事忍び、凡そ事信じ、凡そ事望み、凡そ事耐ふるなり。愛は長久までも絶ゆることなし。げに信仰と希望と愛と、この三つの者は限りなく存らん。しかしてそのうち最も大いなるは愛なり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

女と男の違い

NHKスペシャル女と男を見て、自分の至らぬところを今になって分かるような気がする。

1)人間は生物の中でも珍しい(3%だけ)女性と男性が共同して子育てをする種
2)直立歩行をする種として骨盤の形態が変わり四脚歩行の種に比べ未成熟なこどもを産み、長い子育て期間を持たざるを得なくなった
3)役割が分かれ女は子育て、男は狩の役割を果たすようになった
4)危機に直面すると男の方が、血圧も上がり脈拍も速くなり易い、かつ落ちるのも遅い。狩で危ない目に何時あうか分からず、俊敏な反応をするためだ。女は子育てのために落ち着いた気持ちでいることが多い。つまり実は女の方が危機対応に能力が高い? 男は危機対応のストレスに長いこと耐えられない? 5)女は子育てや採集などの共同作業の社会活動の中で女同士で話し合う機会が多く、コミュニケーション能力にも優れている。そういう活動を通じ、顔や身振りから相手の気持ちをうかがう能力も女の方が男よりずっと優れている。

 

とまあ、こんなわけだが、亡くなった家内と話していると言い負かされ、あんたは女性の気持ちが分からないと言われることが多く、議論で突き詰めるのもイヤ(ストレスに耐えられない)なのでつい話をそらしたり途中で打ち切ってしまったり(新聞を持って自分の部屋に駆け込む)が多かったように思う。僕だけじゃなかった、男はそういう風に出来ているのだ。ところが女は話を聞いてもらえないとますます不満になる。一方で、男は社会で問題解決に日夜呻吟してきた自信があるのでどうして話が通じないのか信じられないままで居る。

子育てを中心として出来た生物としての女と男の違い。だが現代は子育て期間が終わったあとで、長い長いライフパートナーとしての期間が長くなっている。どうしたら良いのかな? まずお互いが違うように出来ていることをよく自覚し、男がまず相手に歩み寄り良く聞くことを番組は示唆していた。もう少し早く教えてくれれば良かったのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

夢が人を動かす

Photo 随分元気な人がいるというのがNHKプロフェッショナルを見たときの感想。

野尻知里さん、52年愛知の生まれ、京大医学部卒で心臓外科医として東京女子医大等で研鑽を積んだが、手術では直せない重篤心不全の解決を求め、人工心臓の開発のためにテルモに転職、90年代から人工心臓の開発に携わってきた。今は心臓疾患最大市場の米国(重篤患者が500万人という、日本は17万人前後)で磁気を利用したDura HeartのFDA承認を取るべく頑張っている。8月にミシガン大学病院で初の埋め込み手術が行われ、10月までにすでに5症例の手術が実施されたという。

彼女の言葉に:

夢が人を動かす:野尻の命令ではなく、彼女が抱く夢に突き動かされ社員が、病院が、同じ夢の実現に向かってゆく。

夢を叶えるのは自分:でも努力するのは自分、これは野尻本人でもあり、彼女の組織スタッフのそれぞれの努力でもある。

何にパッションを覚えるか、懸命に探すことが大切、人生の目標になる。決めたらしつこく粘り強くあきらめずやり続けること。

障害があったらそれをスプリングボードにして更なる飛躍を目指す。

これは僕自身の目標でもあり、息子達も自身の夢を持ち叶える為の努力を続けるように支援してきたつもりでもある。自分自身彼女の何分の一の努力を払えたか分からないが、それなりに欧米アジアの仕事を通じやってこれたと思っている。今は別の仕事でちょっとスケールが小さいが、周りのスタッフに同じような夢を目指してもらっている。ともかくこういうことが有限実行できる人を僕は好きだ。

彼女は40歳過ぎて米国ミシガンに人工心臓開発販売の会社を立ち上げ、結婚し長女が今は13歳という。昨年末日経ウーマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。100名以上の多国籍医療機器会社を経営するのは人並みならぬ苦労だが、TVの画面ではそれを楽しんでいるようにも思われた。チャレンジが楽しい人って回りも明るくするんだと感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

再び心をつなぐ

Photo 鎌田實の「がんばらない」に続き「それでもやっぱりがんばらない」を読んだがやはり泣ける場面が一杯出てくる。

90歳のお母さんは歩行が困難で一人でお風呂に入れなくなっている。諏訪中央病院の看護婦のたまごがたち手伝い旅館の大浴場を一時間貸切りゆったりとお風呂に入れる。息子はたまごたちにお礼をしたいというが、彼女達は「命を支えるということはどういうことなのか、とても良い勉強をさせてもらった」とお礼を断る。

がんばらない介護は本人に生きがいを持たせてあげること、そのためには感性が必要だ。

前作がんばらないと同じように患者を中心として家族、医療者、地域の心がつながっているのが良く分かる。

政府の無策で医療が崩壊の方向を目指している様に思われて仕方が無い。だがこういう作品や、僕が入院した太田西ノ内病院での先生や看護婦さんたちの献身的な看護を見ると、現場で頑張っている人はまだまだ沢山いる、その人たちに医療が支えられていることを強く実感する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心をつなぐ

Photo がんばらない、2000年に出版され大きな反響を呼んだ本を今頃になって読んでいる。2000年はロンドンに居て、01年にシドニーに移ったので読む機会を逸してしまったので。

いろんな意味で素晴らしい本だ。

☆患者の最後の想いを満たすために家族と医者、看護婦が一体となって魂の心配りの出来る医療を目指している

☆もうがんばらなくていいよ、きみはきみのままでいいんだよ

☆最後まで自分らしくしていたい、ささやかな生活動作の一つ一つを最後の最後まで大切にする

☆いい職人は技術だけでなく必ず心を持っている、看護婦さんの仕事も職人に似ている

こういう一つ一つの逸話で、患者と家族、医療関係者がの心が強くつながっていることが良く分かる。僕も家内を亡くした時、三月ぐらい家族が行ったりきたり家内の周りに集まり、家内に心配掛けないように平静に振舞い、陰ではおろおろし、優しい看護婦さんや町のレストランのご主人達に励まされ心がつながっていることを良く良く実感した。もうじきお盆だが、こういう素晴らしい本が今読めたのも、家内が天国で糸を引いているに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

席は譲るもの

Photo あぁ、もういじわるじいさんになってしまったのかしら。

昨日マラソンの応援に湘南に出かけたが、山手線、東海道線で若い人(男女)が席をご老人に譲らないこと、もう本当に。

僕と同年輩の女性が立っていて、目の前の席が空いたので座ろうとしたらそれより早く20台のちょっと疲れた感じの男性が座り込んでしまった。女性は気合に押され、座りかけた姿勢をあわてて改めまた吊り輪を握る。おかしいんじゃない? 隣に立っていたので、いじわるじいさんらしく、ちょっと若い人、女性に席譲ったら?と言ってしまった。男性はのそのそ立ち上がり席を譲るかに見えたが、女性がいえ本当に良いんですよと言うのを聞くが速いか座り込んでしまった。これが息子だったら蹴飛ばすところ。もちろん息子達はこんな失礼なことはしません。ずっと立ってるに決まってる。女性は2-3駅先で別の処に空いた席がありそこに座られた。

僕も病気して最近は優先席にありがたく座る事にしているが、おじいさんおばあさん妊婦子持ちが前に立たれれば、自分の体調関係なく体がすっと立ってしまう。子供をしつけるのに、自分だけ例外ではしつけられないからね。その習慣が続いている。というわけでおばあさん達に譲ろうとしたら、いえすぐですからと断られる。でも女性って気持ちということと結構違うこともあるからと構わず立つと礼を言われながら席に着く。結局5-6駅乗られたので、すぐでないことは良く分かりました。本当は本読んでいたかったが、目の前のおばあさんを無視してはとても本を読み続けられないからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)