均しからざるを憂う
「論語 季氏第16」の中の一文を紹介(大学時代の友人、赤星くんからのメールを転用しました)。
魯国の僭主の一人であった季氏が、同国内の顓臾という一地方を併合しようとした際、そのことに反対しなかった、弟子である子路と冉有を叱責したときの言です。(二人は当時季氏の家臣でもありました。)
・・・・有国有家者、不患寡而患不均、不患貧而患不安、蓋均無貧、和無寡、安無傾・・・
国を有ち(たもち)家を有つ者は、寡(すく)なきことを患(うれ)えずし
て、均(ひと)しからざるを患(うりょ)う。貧しきを患えずして、安(やす)
からざるを患う。蓋し均しければ貧しきこと無く、和(やわ)らげば寡(すく)
なきこと無く、安ければ傾くこと無し。・・・・吉川幸次郎訳・・・
解釈の必要がないほどですが、以下あえて赤星のコメントです。
背景には、春秋時代末期強者が弱者を有無をいわせずに屈服させはじめた時代があります。
蓋しは、前の文をうけて以下の3フレーズにかかります。①均しければ、貧富が生じません。②和すれば、人と人とのあいだが心も物もスムースにつながり富は偏在せずまた孤立する人も生じません。③安ければ、つまり言葉は少しこなれていませんがいわばセイフティーネットワークが存在すれば、破産したり病気に倒れたりする人が生じない(はずだ)。と言うことだろうと思います。
二千数百年を経て、中国・日本の空間を隔ててもなお力を有する漢語に驚きます。
次も赤星の勝手な意見に類しますが、孔子の時代は現代の日本に比べより困難であったと思われます。今は①食料、住宅の絶対量が足りていること。②知(知識など)の蓄積があること③連帯の方法があること。など。あくまでも孔子の時代と比べてですが、日本はまだなんとかなる。(まあ、配分の問題というレベルに今はある。)ということでしょう。孔子はおそらく絶望のふちにありながらも、楽天に満ちた言葉をあえて発したとものと思います。
日本の政治家も「均しからざるを憂う」の精神で、職を失い、住居にも当日のご飯にも困っている人々を救う姿勢が顕著に見られれば、赤字予算も増税も負担ではあるが納得が行くと思うが、現実にはあまりの現状認識の軽さに驚くばかり。出来る範囲で援助の手を拡げて行かないと。
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